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Mg/Ca比は約0.06〜約0.16であった。また、Glabratella opercularisの殼では約0.06〜0.14であり、2つの種のMg/Ca比はほぼ同じ値であった。一方、他の底生有孔虫種では、Cassiduline sudglobosaのMg/Ca比は0.0003〜0.0l(水温=2〜25℃)、Cassidulina oriangulataでは0.001〜0.01l(水温=10〜25℃)9)、Uvigerina spp.では約0.001(水温=2℃)3)という測定値が報告されており、今回の結果とは大きく異なった。また、浮遊性有孔虫では、(水温=20〜30℃)4)、Naobloboquadrina pachydermasin.では0.0001〜0.001(水温=0〜15℃)10)、Glabigerinoidesruderでは約0.004(水温=27℃)3)であり、いずれも今回の結果の約10分の1の値であった。他の生物でも介形虫Kritheでは0.006〜0.03(水温=-1〜15℃)であった11)。また結晶形が異なり、アラゴナイトの骨格を持つサンゴでは0.0035〜0.005(20〜30℃)12)と小さい値であった。本研究で測定した二種は、炭酸カルシウムの殻を沈着する生物種の中で、比較的多くMgを取り込む種であると考えられる。
しかし、Glabratella とUvigerinaはともに、石灰質ガラス質有孔虫でありながらMgの取り込み量が10〜100倍異なった。これは、Uvigerinaは低温で成長した個体を測定しているためにMgの取り込み量が少なかったためかもしれない。Srの取り込み量は、Quinqueloculina yabei の殼のSr/Ca比は0.0005〜0.002、Glabratella opercularisの殼では0.001〜0.002であった。これまでの研究結果からUvigerina spp.の殼では約0.001(水温=2℃)、Globigerinoides sacculiferの殼では0.001〜0.0015(水温=20〜27℃)、Neogloboquadrina dutertreiの殼では0.0013〜0.0015(水温=20℃)、Globigerinoides ruberの殻では0.0016〜0.0018(水温=28℃)3)、介形虫Kritheでは0.002〜0.004(水温=-1〜15℃)11)、サンゴの骨格では0.0089〜0.0096(水温=18〜30℃)11)と報告されている。
Srの炭酸カルシウムヘの取り込み量は、各種類間で大きく違わなかった。ただし、アラゴナイトの骨格を持つサンゴはカルサイトの殻を持つ他の生物よりSrを約10倍取り込んでいる。
以上のことから、炭酸カルシウムの殼のMg,Sr含有量は生物種の違いは勿論のこと同じ底生有孔虫でも種によって異なった取り込み量を示すことが明らかである。
4−2. 水温とMg/C3比、Sr/Ca比の関係
Nurnderg et al.(1996)4は、実験室内の制御環境下で飼育した浮遊性有孔虫Globigerinoides sacculifer(Brady)を用いて、飼育水温と殻に取り込まれるMg量との関係を議論した。それによれば、Globierinoides sacculiferでも飼育水温とMg取り込み量の間には、直線的な関係が成り立つとしており、Mg/Ca(mmol/mol)=0.192T(℃)-2.49(R2:0,967)の関係式を示している。傾きが正であり、海水温が上昇するにつれてMgの取り込み量が一次の関係で増加する点で、本研究の結果と調和的であった。しかし、回帰直線の傾きは大きく異なった。殻のMg/Ca比の回帰直線の傾きはQuinqueloculina yabei で6,20、Glabratella opercularisでは6.68であったが、Globigerinoides sacculiferでは、0.192で、前の二種に比べ約30分の1の値であった。傾きが大きいほど、温度が1℃変動するときの、Mg取り込み量の変化が大きいことを示している。種によって傾きが異なることは、殻ができる時に取り込まれるMgやSrの量が温度によって異なるが、それが種類ごとに違うことを示している。すなわち、種によってMgやSrの取り込みに関わる反応が少しずつ違うことを示唆している。そのため、有孔虫化石のMg/Ca比を温度計として適用する際には同じ種を用いる必要がある。
4. 3 成長速度のMg/C8比、Sr/Ca比べの影響
Fig.3に示した各温度条件下のQuinqueloculina yabei の成長曲線と、Fig.4に示したQuinqueloculina yabei の殼のMg/Ca比、Sr/Ca比と水温の関係から、殻に取り込まれるMg, Srの量は成長速度では変化せず、海水温だけに依存していると考えられる。また、Globierinodes sacculiferを用いた飼育実験の結果でも、成長速度と殼へのMgの取り込み量との間には、はっきりとした関係を見いだせなかったとしている4)。以上のことから有孔虫の成長速度は殻に取り込まれるMg量、Sr量に影響しないと言える。
5. まとめ
底生有孔虫Quinqueloculina yabei Asanoを用い、塩分、光量を一定に保ち、温度だけを10℃、15℃、20℃、25℃に変えた飼育実験を行った。その結果、底生有孔虫殻のMg/Ca比、Sr/Ca比は海水温と一次の正の関係があり、強い相関があることが実験的に確かめられた。これらの関係は成長速度が異なっていても成立していた。殻にはSrよりもMgの方が多く取り込まれ、10℃ではSrの約100倍のMgが取り込まれた。
静岡県御前崎より採取した試料を用いて、底生有孔虫Glabratella opercularis(d’Orbigny)のMg/Ca比、Sr/Ca比の経年的な変化を検討した結果、Mg/Ca比、Sr/Ca比はともに季節によって変動していた。その変動は御前崎港の海水温変動のパターンとよく一致した。底生有孔虫は海水温の変動を高精度に記録しており、海水温指標として利用可能であることが明らかになった。ただし、海水温指標として用いる場合、Mg, Srの取り込み量が有孔虫種によって異なるので、一つの種のみを用いて測定を行う必要がある。

 

 

 

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